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    この家はこの娘のためになんとなく幸福そうに見える。一群の鶏も、数匹の白兎も、ダリヤの根方で舌を出している赤犬に至るまで。

    「いや、さういふことは人によつてはあるんだよ」

    「何だらう、山師を煽おだてて又一儲けしようてんだらう」

    「ほう。元気だね。ハッパでやられたかね」

    「もうそんなにおよろしいんですの?すつかり御無沙汰していました。ほんとうに!よくおいでになれましたわねえ」

    「何を云うとる。すまじきものは宮仕へ、といふぢやないか」

    「や、さうでしたか。それは――」と、鬼倉は目に見えて和やはらいだ。

    「どこか悪いですかな」

    房一は白シャツを着た小柄な大工と並んで立ちながら、玄関を眺めて云つた。

    「はあ、はあ」

    「お松は「い」の字と言う酒屋に嫁よめに行ったです。」

    間もなく神原直造は一種段取りのついた慇懃いんぎんな荘重さともいふべき様子でゆつくりと来客の居並んだ前へ進み出て挨拶した。彼には紋付の羽織に袴といふ形がいかにもよく似合つていた。その稍角張つた肩のあたりにも、それから、一体に老いて強さはなくなつているが、まつ直ぐな鼻筋だの、その上にかつきり線を引いたやうな白毛まじりの太い眉だのの上には、ちやうど彼の身につけた袴の襞ひだと同じやうに、一種云ふべからざる古雅な端正さがあり、それは同時に低い枯れた声音こわねの中にも響いた。

    かまわないから開けてみろというので、男二、三人が協力して無理に第一の戸をこじ開けると、内には誰もいなかった。第二の戸をあけた結果も同様であった。その騒ぎを聞きつけて、他の客もあつまって来た。宿の者も出て来た。

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